熊本へ

2016年05月23日 22:32

お金を送るのは 何だか違う、
そんなふうに 思っていたんだと思う。
賑やかな駅前で 
義援金を募る人々の前を、素通り。
お金で手助け ではなく、
何か別の方法で 力になれないだろうか。
ずっと そんなことを考えていた。

鹿児島で ゆっくり過ごす予定だった、5月の連休。
思いがけなく 熊本の被災地へ。
避難所で 音楽を奏でよう、
急遽 そんな企画を組んだ友達に、
それはいい考えだねって言ったものの。
私自身は 人の心を動かすような、そんな音は 奏でられない。
炊き出しを手伝うわけでもなく、
瓦礫の撤去を手伝うわけでもなく、
音楽を 演奏する。
そこで 私は、何ができるんだろう。
もし何もできないんなら、フライトをキャンセルしようか、、、。
結局、悩みに悩んで 鹿児島から熊本へ、
企画を組んだ音楽家たちに 同行することにした。

亀裂の入ったアスファルト、
ブルーシートが被せられた家々、
全壊の家々、、、。
一瞬にして 日々の当たり前の暮らしが消えてしまった現実。
言葉がでない。
実際に来てみないと分からないこと。
宿泊させてもらったお寺は、まだ水が復旧していなかった。
生活の水が手に入らない、不自由さを実感。

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避難所の小学校での、演奏。
子どもたちに 手作りの風車づくりのワークショップ。
体育館の入り口には 送られてきた山積みの物資、
最新の情報を得るための 大きなテレビ。
ものは どうやら、揃っている。
体育館の床に敷かれた布団の上で 
疲れきった表情の おじいさんやおばあさん。
必要なのは、住み慣れた家に戻ることだ、そう思う。
一人のおばあさんが、
「私たちは、熊本ではなく 地球の上に住んでいたんだね。」
そう おっしゃったことが、心に響く。

夕方になって、別の保育園に移動。
公的な避難所ではなく、
そこでは 現地の被災者の人々が、
ボランティアの人々のために 炊き出しを行っていた。
人は 支えあって生きている。
日が落ちて、炊き出しが終わったころ、
キャンドルに 火を灯して、演奏が始まる。
地震の日から 音楽とは無縁だった人々に、
一時の 音の癒し。
HOUちゃんの 宇宙につながる歌声、
あやちゃんの 神が降りてきたかのようなフラの舞い、
Mountain High Candleの あったかい蝋燭の光、
風に吹かれてクルクル回る 子どもたちの手作りの風車、
子どもたちも大人たちも 一緒になって、つながる。

熊本で出会った人々の あったかさ。
何かしら 力になれたら、って思っていた私のほうが
現地の人々から 力をもらう。
不安だったのは 私だけではなく、
きっと 一緒に行ったみんなも、そうだったんだと思う。
熊本で出会った人々に、感謝。
鹿児島の仲間たちに、感謝。
予測していたことと まったく別の方向に物事がすすんで、
不安や恐怖で それを避けることは簡単なんだけど、
でも その変化には きっと理由があって、
それを 受け入れてみるっていうことも、
自分にとって 何かしら、大きなものを得られる、
そんな機会なんじゃないだろうか、って
今回の 旅で、気付く。


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