メキシコから、の大切なもの2

2011年04月13日 15:58

メキシコのお香コパル
メヒココパル
木の樹脂から取られた樹液で作られたコパル。
お祭りのときに焚かれたり、祭壇で焚かれたり、メキシコのあちこちで見かけるコパル。
とても落ち着く香りで、私は大好きだ。
左:コパルスティック 40ペソ
右:コパル塊 20ペソ
  ※塊は特殊な炭の上にのせて焚く必要あり。

マニキュア
メヒコマニキュア
深緑と黄色のマニキュア各5ペソ
旅の途中に必要ないか、と持っていかなかったマニキュア。
やっぱり足先に色がないとなんだか寂しい、とメキシコで購入してしまったもの。
メキシコ滞在中にはまった緑と黄色、で。

毛糸のブレスレット
サンクリリストバンド
サンクリストバル、グアダルーペ通りポストカード屋さんで購入した手編みのブレスレット。
手首に物を付けたくない私はアンクレット、に。

プレンサとトルティーヤ用のパン
トルティヤプレス
左:トルティーヤを平べったくするためのプレンサ 50ペソ
右:トルティーヤ用のパン 10ペソ


手芸品
メヒコボタン メヒコCT
カラフルなボタン             懐かしい柄のチロリアンテープとメキシコ国旗のワッペン         
メヒコCasas メヒコ刺繍糸とかぎ針
カバン用の取っ手             刺繍糸とかぎ針
布きれ水玉
カラフルな布とバンダナ
シティの毛糸 サンクリ毛糸 
メキシコシティのアクリル毛糸     サンクリストバルのコットン毛糸とウール毛糸
メヒコ小玉毛糸
メキシコシティの細い毛糸

メキシコから、の大切なもの

2011年04月13日 13:00

サンクリストバル サンファンチャムラのウイピル
サンクリUP サンクリUPUP
サンクリストバルからコレクティーボで20分くらいのところにあるサンファンチャムラにて
チャムラ特有の青系のウイピル(民族衣装)
150ペソを100ペソで


サンクリストバルCasaKasaひでさん、かなさん手作りのもの
かなさんWニット帽 ひでさん木SP
左:かなさんから購入したカギ編みのニット帽
右:ひでさんからいただいた木のスプーン
ひでさんマッチ
ひでさん手作りマヤ文字マッチ
ひでさん、かなさんのお店「道草屋」にて手作り品、メキシコ品など販売中!


ゴウスケくんの手作りのもの
GoskeくんきのこIpod Goskeくん小鳥
左:きのこのライター入れとIpod入れ
右:花柄のポーチと小鳥のおもちゃ
メキシコシティ、ペンションアミーゴで一緒だったゴウスケくん
只今、メキシコにてきのこ大量生産中。売り上げはすべて震災の義援金に。
メキシコシティにて人気爆発中のきのこ兄弟。
これから南米へと南下予定らしいので、出会った方は是非!


くらちゃんの手作りのもの
ブレスレット3つ
左:サンクリストバルで出会った、ニカラグア在住くらちゃん手作りのアンクレット。
  石を使ったマクラメのブレスレットや羽根のピアスなど何でも器用に作る彼女が編んでくれたもの。
  マクラメ編みをあまり好まない私に、ヘンプ糸を使った特別な編み方のものを、と。
  ニカラグアで幸運を呼ぶとされている赤い木の実がとてもかわいい!
  ほんとうに大好きなデザインよ、くらちゃん。ありがとう。
中:サンクリストバル、サントドミンゴでイスラエルの男の子から購入したアンクレット。
  ワックスツリーの糸で編まれた珍しい編み方のものを発見して、珍しく一目惚れ。
  糸を編んであっただけのものに、旅のお守りターコイズとタイガーアイをはめ込んでもらって。
下:10年以上つけている、亡くなったおばあちゃんのお守り。


Evelinの手作りチャーム
Evelinブレスレット
メキシコシティ、ペンションアミーゴで同じ部屋だったタロット師Evelinからのブレスレットチャーム。
魔除けに(笑)。

日本、へ

2011年04月08日 07:26

いよいよ、最後の日。
メキシコシティでいつもと変わらない時間を過ごしながら、
メキシコシティ・ベニートフアレス空港行きのタクシーを待つ。
早朝フライトのため、前日の夜から空港で待機することにする。

6ヶ月のメキシコ、グァテマラの旅。
キューバ、南米にも行くつもりが、思いがけないルート変更。
旅なんて そういうものだ。
後悔なんて していない。

5日夜9時、ちょっと早めに着いたタクシーに乗り込む。
宿に滞在しているみんなに見送られて 空港へと向かう。
メキシコシティ、ペンションアミーゴ。
苦手だ、と思い込んでいた大都会に 結局2ヵ月近くも滞在していた。
メキシコ到着すぐのTino宅滞在の3週間をいれると、3ヶ月近く。

アミーゴオーナーパスちゃん、トヨくん、ごんちゃん、つやちゃん、
トクさん、藤井くん、こうじくん、けんちゃん、
ヨシくん、久保くん、
ごうすけくん、ニコタリ夫婦、
アミーゴで出会った旅人たち。
みんな、ほんとうにありがとう。

空港で早朝のチェックインの時間待ちをしながら、
ここでも縫い物。
あさってになれば、もう日本なのか、、、。
予定より早めの午前4時前にUnitedのチェックインカウンターが開き、
心配していたスーツケースの重量制限もなんなくクリア。
あとは、飛行機にのるだけ、か。
メキシコのイミグレーションでは出国のスタンプをもらう必要はなく、
5時間近くのフライトをへて サンフランシスコでトランジット。
眠い目をこすりながら、面倒なアメリカのイミグレーションを通り抜け、
大阪行きの飛行機に乗り込む。
日付変更線をまたぐせいか、
サンクリストバル-メキシコシティの15時間のバス移動よりも辛く感じる。
わずか15時間程度でメキシコから日本へ。
こんなにあっという間に移動できてしまうと、
6ヶ月間メキシコに滞在していたのが、現実ではなかったような気がする。
なんだか 夢をみていたような感じ、だ。
けれども 逆に言うと、出かけたくなれば、いつでも どこにでも旅に行ける、のだ。

大阪到着。
もうちょっと旅を続けていたかった、という気持ちはあるのだけれど、
日本でもやりたいことは、ある。
それをやり終えたときに また見知らぬ土地に出かけてみる、か。
私の旅は ここ日本でも続く、のだ。

中米をめぐる料理旅。
肉食の中米で 菜食の料理旅、だなんてちょっと無理があったかな、とも思うのだけれど、
それでも 旅で出会った異国の味の記憶は、
ふとした瞬間によみがえってくるのだろう、と思う。

そして思いがけなく始めてしまった 海外での物作り。
日本で作っていたときよりも 自分の作品にちょっとだけ自信が持てた気がする。
何よりも、私は作ることが好きなんだ、と実感できた。

そして、そして、
この6ヶ月の中米旅行中 まったくもって習得する気にならなかったスペイン語。
サンフランシスコから大阪に向かう帰りの飛行機のなかで、
フライトアテンダントの英語のアクセントがとても耳障りで、
そのせいかスペイン語の柔らかいアクセントに妙に親近感を持ち、
ここにきて やっと、
「スペイン語を勉強してみよう、」という気持ちがわいてきた。
次の南米旅行には まだ間にあうか、、、。


さて、これから日本でどうやって動こうか。
その前に、まずは歯医者、か。



誕生日

2011年04月02日 02:31

旅に出よう、と決めて もう1年もたってしまった。
時が過ぎるのは ほんとうに早い。


今日は 張り切って メキシコシティでも道売りを、と思っていたのだけれど、
嬉しいことに、出かける前に 宿のみんなが私の手作り品を買ってくれた。

虹色が大好きなニコちゃんはレインボーカラーのネックウォーマーを、
新しく宿の管理人になったルチャドールの久保くんからは黄みどり色のネックウォーマーのオーダーを受け、
同じ部屋に泊まっているメキシカンガール、Evelinの友達は小物入れを、
それぞれ購入してくれた。
ほんとうに ありがとう!
これからの長旅、メキシコでの生活に どうか役立ちますように。

31ヘアバン 31ポーチ

手持ちの商品が少なくなってしまった、ということで、
道売りではなく、公園に行っていつものように物作りに専念する。
晩ご飯は トクさんに教えてもらった野菜カレー。
キッチンにいたトクさんに再確認しながら作ってみる。
日本に帰ってからも、こうやってゆっくり好きなものを作れる生活が送れればいいのに、と思う。

31公園 31トクカレー
                                     photo by Goske       
そして、宿の友達からの 誕生日ケーキとうたのプレゼント。
歳をとってくると それほど自分の誕生日に執着しないようになってきたのだけれど、
やっぱり こうやって 思いがけないプレゼントを貰うと、とても嬉しい。
ニコちゃん、タリくんトニー
ほんとうに ありがとうね。
そして、お父さん お母さん、どうもありがとう。
私は ここメキシコでも 幸せな誕生日をむかえました。

31ケーキ 31ケーキUP

34歳。
知らないあいだに 歳だけは確実にひとつひとつ増えていく。
次の年をとるまでの1年間、365日、
ひとつひとつのことを大切に 日々過ごしていくことができれば、と思う。

道売り4日目 サンクリストバル

2011年03月31日 22:40

火曜日。
サンクリストバル最後の日の道売り。
メキシコシティ行きの夕方発のバスまで時間があるので、最後の道売りを。

午前中は、毛糸屋さんに行ったり、手芸屋さんに行ったり、
物作りをしたり。

昨日、おとといとお店を出していた教会のすぐ横は、
教会へ行く人のための通路になっていて本当はお店を出してはいけなかったらしく、
今日は、ちゃんとお店を出してもいい場所かどうか確認することにする。
今日も教会入り口近くにはすでにたくさんのお店が並んでいて、別の場所へ。
すでにお店を広げいていたおじさんに聞いてみると、
「場所代 10ペソ、」とからかわれて、周りのお店の人たちにも笑われたのだけれど、
みんな気さくでいい人そうだ。
最初に立ち寄ってくれたメキシコのおじいさんは、「売れるといいね!」と励ましてくれたし、
出会うと日本語で声をかけてくれるアクセサリー売りのおじさんも、
私が並べている商品に興味を持って 手にとってくれた。
こうやって 商品を買う気がなくても、気軽に寄ってきてくれる感じが、
とてもメキシコっぽくて 私はすごく好きだ。

29道売り 29道売り前

29道売り太陽

今日は バスの時間があるので、早めにお店をたたみ、
宿へと戻る。
この旅最後のバックパックでの移動。
今までで 一番荷物が多い。
調理用の器具や食品だけを日本に持って帰るつもりだったのが、
物作りを始めてしまったことで、布やら毛糸やら 持って帰るものがさらに増えてしまった。
日本に帰ってから それらを広げながら、メキシコの旅のことを思い出しながら、
物作りをするのが ほんとうに楽しみだ。
そして それらが私の手元からなくなってしまったとき、
また この国に来たい、と思うんだろうな と思う。

この旅4度目のサンクリストバル。
今回は短かったけれど 本当に充実していて、
これからのことが、これから日本でやって行きたいことが、
なんとなく見つかった気がする。

ひでさん、かなさん、イジョ、みはるさん、レンくん。
カサカサで出会った旅人たち、
サンクリストバルで出会った人々、
ありがとう。
またいつか戻って来ます。
ひでさん、かなさん、アドバイスありがとうね。
次は日本で、ね。

道売り3日目 サンクリストバル

2011年03月29日 13:25

日本に帰る前にぜったいに買って帰ろう、と思っていたトルティーヤを作るためのプレンサ。
鋳物の丸型のものが一般的で、見た目もとてもかっこいいのだけれど、
持って帰るには 結構重い。
メキシコシティの民芸品売り場で見かけたのだけれど、思っていたより高かった。

朝から サンクリストバルのメルカドに探しに行ってみる。
サンクリストバルには金属製のものはなく、木製の四角い形をしたものが主流だ。
木製のものも結構重く、かさ張るのだけれど、値段は金属性のものよりもだいぶ安い。
日本で自分で作れそうな気もするのだけれど、
メキシコで作られたものを、ということで一番小さいサイズのものを買って帰ることにする。
そして、本当なら トルティーヤを焼くにはフライパンでも十分だと思うのだけれど、
せっかくプレンサを手に入れた、ということで、トルティーヤを焼くためのパンも買うことにした。
質はあまりよくないのだけれど、一番軽くて一番小さいサイズのもの。
これで 日本でも、メキシコ並みのおいしいトルティーヤが作れる、はずだ。

トルティヤプレス

月曜日。
道売り3日目。
今日は家族へのお土産を、とサント・ドミンゴのお店をうろうろと徘徊していたため、
いつもに比べて売り時間が短くなってしまう。
場所も人通りの少ないところを選んでしまったため、まったく売れない一日だった。
やっぱり、場所選びは大切だな、と思う。

28道売り (2) Sドミンゴ子供

道売りを終え、セントロあたりをうろうろして、
いつもよりちょっと遅めに 宿へと向かう途中、
メキシコシティで一緒だった 唄うたいのスーさんと 写真をやっているせいたくんが、
歩行者天国で弾き語りをやっているのに出くわす。
スーさんがレアル・デ・カトルセで作り方を教わったというペットボトルを使って作った灯りが、
緑に光って とてもきれいだった。

道歌い

夜に、宿で かなさんに、
かぎ針での ニット帽の編み方を教えてもらう。
これでまた新しい物作りができるよ。
ありがとう、かなさん。

編み教室

道売り2日目 サンクリストバル

2011年03月28日 11:23

日曜日。
昨日に引き続き、朝から中庭で 縫い物、編み物。

再び 昼から サント・ドミンゴへ。
教会の入り口あたりは すでに満席。
他に空いていそうな場所を探してみるけれど、なかなか陽のあたるいい場所が見つからない。
とりあえず、空いているベンチを見つけ 商品を並べてみる。
売る、よりも作ることに徹する。

27道売り 27赤ちゃん

ちょうど前のテントには、小さな子供連れの若い夫婦が アクセサリーやら衣類を売っている。
子供連れで仕事ができるなんて とても幸せだな、と思う。

後ろの芝生で男の子たちがサッカーをしている声を聞きながら、
店番の子供たちの笑い声を聞きながら、
ひたすら縫い続ける。
前を通る何人かの人々が興味を示してくれた、のだけれど、
とりあえず日陰は寒い。
いつもの 教会の前あたりに移動して、再び道売り。
今日は一日 教会の入り口は開いているようだ。

ときたま商品を手にとってくれるお客さんと話をしながら、
新しいものを 作り続ける。

夕方6時。
お腹も空いてきたころだし、もうそろそろ帰ろうかな、と商品を片付け始めたとき、
向こうのほうから 女の子2人がこっちに向かってきた。
一度片付けたものを再び取り出し、説明する。
ひでさん、かなさんの毛糸の帽子と、私の毛糸のヘアーバンド。

そして、今日も私が作ったものが 旅立って行った。
ほんとうに、ありがとう。

27ヘアバン

サンクリストバルの夜の空は 星がいっぱいでとてもきれいだ。

道売り1日目 サンクリストバル

2011年03月27日 12:45

土曜日。
昨日の長距離バス移動で疲れていたせいか、夜中に目を覚ますことなく、
朝、キッチンの誰かの話し声で目が覚める。
一瞬 今居る場所がどこなのか分からない。
少し記憶をたどって、ここがサンクリストバルだということに気付く。

今日はサント・ドミンゴに道売りをしに行こう。
少し空が曇っている。
午前中は 物作りをしながら、イジョと遊びながら、ゆっくりと時間を過ごす。 

午後2時半ごろ、荷物をまとめてサント・ドミンゴへと向かう。
サント・ドミンゴに向かう途中、
よく通っていた近所のティエンダ(売店)のおばちゃんと、
ブラジル通りの野菜売りのおばちゃんに オラ!と挨拶をして通り過ぎる。
みんな「また帰ってきたの!」という反応で、とても嬉しい。

昨日と同じ場所、教会の入り口近く。
物を売るにはあまりいい場所ではないのかもしれないのだけれど、
ゆっくり物作りができるこの場所が結構気に入った。
CasaKasaのひでさん、かなさんから預かってきた毛糸の帽子と一緒に、
私の商品も並べていく。

26道売り 26道売り2

教会の扉の閉まっている午後の間、この辺りは 観光客の人通りは少ない。
隣りにやって来たアクセサリー売りのメキシコ人のおじさんたちと話しながら、
とりあえず、作ることに集中する。
実際のところ、あまり売れることに期待はしていない。

ときたま 商品を手にとって見てくれる人々がいて、
私の作ったものに興味を持ってくれているんだな、と嬉しくなる。
近くでお店を出している先住民の女の子も、私の作ったものを手にとって
どうやって使うの?と興味を示してくれた。

午後5時ごろ、教会の扉が開き 観光客の数が少し増える。
私が座っている横に ひと組の家族がやってきた。
70歳くらいのおばあちゃん。
私が身につけていた毛糸のネックウォーマーに興味を示してくれる。
「ここに住んでいるの?」というようなことを聞くので、
「旅をしているよ、4月に日本に帰るんだよ、」というと、
並べてあった2種類のネックウォーマーのオレンジ色のほうを手にとって、試着してくれた。
絶対に値切られる、と思って 付けていた値段は150ペソ。
150ペソで売ることはないだろうな、と思っていたのだけれど、
「これ かわいいよね、」と150ペソを手渡してくれる。
売るつもりで並べているのだけれど、本当に売れるなんて全然期待はしていなかった。
日本でも 自分が作ったものを売っていたことはあるのだけれど、
海外で、しかも道売りをしていて 自分が作ったものが売れたのは初めてだ。
こうやって、直接お客さんとふれあいながら、自分が作ったものが旅立っていくのは、
ほんとうに嬉しい。

最後の最後に、私はこうやって道売りをすることで、
もう一度、いろんな人と触れ合う機会を作りたかったのかもしれない、と思う。
恥ずかしいことに、ほんとうに恥ずかしいことに、
私のスペイン語力は 初めてメキシコに来た6ヶ月前とそれほど変わっていないのだけれど。

オレンジのネックウォーマーを買ってくれたおばあちゃん。
嬉しそうに、私が付けておいた手書きの値札もそのままで、
頭につけて帰ってくれた。
ほんとうに、ありがとう。

ハナレグミ「一日の終わりに」
http://www.youtube.com/watch?v=LcU0uo_3vWs

26おばちゃん 26教会

サント・ドミンゴにて

2011年03月26日 13:08

15時間ほどのメキシコシティからのバス移動を経て、
朝10時前にサンクリストバルに到着。
久しぶりの長時間のバスの移動は やっぱり疲れる。
そして 思っていたより、サンクリストバルは暑い。

急がないと、、、。
今回は やることがあってここに来た。

メキシコシティに滞在中に、
公園に出かけては 日々少しずつ作り続けてきた手作りのもの。
毛糸で編んだり、布で縫い合わせたり。

ある日突然、サンクリストバルで道売りしてみよう、と思いつく。
メキシコでいちばん好きな町、
サンクリストバルに住む人々の、
サンクリストバルを旅する人々の、
私が作るものに対しての反応を見てみたい、と思った。
 
思いついてしまったからには やってみるしかない。
帰国まで あとわずか。

カサカサに到着し、
ひでさん、かなさん、イジョと少し話をして、
Madre Tierraで買ったアーモンドマフィンとYikのカプチーノモカを胃に詰め込んで、
OXXOのカプチーノモカの方が断然おいしいな、などと思ったりしながら、
さっそく、久しぶりに訪れたサンクリストバルの町を歩いてみる。

よく通っていたグアダルーペ通りの建物は 壁を全面改装している途中で、
なんだかちょっと違和感を感じてしまったのだけれど、
それでも この町のこじんまりとした雰囲気は、
すれ違うだけで微笑みを返してくれる人々の反応は、
私の中にすんなりと入ってきて、
また帰ってきたんだな、と親しみを感じる。

買い物を終えて、
サント・ドミンゴの教会前で 縫い物を始める。
グァテマラ・パナハッチェルで買った古着のウイピル。
手直しが必要なところを 縫い合わせていく。
一人で縫い物をする私に 話しかけてくれた人多数。
アクセサリーを売っているヒッピー風のおじさん、
ギリシャからの観光のおばちゃん達、
メキシコのタマウリパスだとかいうところから来ているおじさん、
メキシコで日本人がこうやって縫い物をしている姿が珍しいのか、見ててもいいか?と尋ねてきたり、
グァテマラに行ってきたよと言うと、リビングストンの音楽は最高だよね、と盛り上がったり、
そして、やっぱり、ここでも地震のことを心配してくれる。

明日はいよいよ、道売り決行。
それまでにもう少し作らないと、、、。

325教会前 325女の子
325縫い物 325子供

実感すること

2011年03月22日 16:04

布や裁縫用品のお店の立ち並ぶウルグアイ通り。
最近は よくウルグアイ通りに通っている。

車の通りの多い 広い広い道路の信号を越え、
人通りの多い歩行者天国を通り抜けて、
だだっ広いソカロから少し歩いたところに ウルグアイ通りはある。

イヤフォンで音楽を聴きながら、ゆっくりと目的地へと向かう。
目の前の 歩行者天国の人だかり。
私のまったく知らない人々とすれ違う。
ふと、自分がどこの国にいるのか分からなくなった。
ここがメキシコなのか、それとも別の国なのか。
たくさんの人々の中にいる 一人の自分だけがくっきりと浮かびあがる。
私は 私だ。
地球上のどこにいても、私はここにいて 今を生きている。

行方不明の荷物

2011年03月16日 14:50

グァテマラ・シェラに滞在中、シェラの郵便局から日本宛に小包を送ったのだけれど、
送って一週間後にグァテマラ・シティで保留がかかり、
そのあと、私の荷物は約2ヵ月ほど 行方不明になっていた。

送ってはいけないものが入っていたのか、
グァテマラの郵便事情がよくないからか、
とにかく帰国まではまだ時間がある、と荷物がどこかで見つかることだけを期待して、
今まで旅を続けてきた。

数日前、シェラハウスオーナーのたかさんから連絡が入る。
荷物がグァテマラ・シティの郵便局で見つかった、と。

実際のところ、ことあるごとに行方不明の荷物のことが頭をよぎり、
このまま見つからないことを思うと かなり凹んでいたため、
たかさんからの連絡を受けて、ほんとうに嬉しかった。
グァテマラから日本宛に荷物を送って、届かなかった人の話を何件も聞いている。
このタイミングで見つかって、なんてラッキーなんだろう、と思う。

面倒見のいいたかさん、わざわざ荷物をグァテマラシティまで取りに行ってくれた。
ほんとうに、ありがとう。

さて、どうやって荷物を受け取るか。
グァテマラ・シェラまで再び足を運ぶのは、、、
シェラまで7時間かけて向かうのはいいのだけれど、
メキシコに戻ってきたときに 再び高い入国税を支払わなければいけないのが尺にさわる。
できれば、できることならば、かなり厚かましいとは思うのだけれど、
シェラからメキシコに渡ってくる旅人に、荷物を運んでもらえないか、と思いつく。

とりあえず タカハウスに滞在中の旅人に、
メキシコシティに荷物を運んでもらうことが可能かどうか問い合わせてみる。
あいにく メキシコシティに向かう人はいない、とのこと。
シェラからメキシコに向かうときの通過点、サンクリストバルになら、
もしかすると 荷物を運んでくれる人がいるかもしれない、、、。

とりあえず 帰国日までにメキシコまで荷物を運んで貰えれば、、、。
もし、無理なら グァテマラ・シェラに向かうことを考える。

もう、キューバに行くのはやめておこう、か。

旅先から

2011年03月15日 15:57

私の住む国で 起こった、そして 起こり続けている大惨事。

たくさんの人々が犠牲に、未だに行方の分からない人々がたくさんいるなかで、
いまだに 何度も何度も 強い余震が続くなかで、
原発の問題が 予断を許さない状況のなかで、
実際の状況を目の当たりにすることができない遠い旅先から、
こんなふうに 旅の記録を綴っていることに 罪悪感を感じてしまう。


ここメキシコにも たくさんの日本人がいる。
住みついている人だったり、旅をしている人だったり。
みんな それぞれに母国のことを心配し、
そして 祈っている。

日本人だけでなく、
海外に住む友人たち、
町で会うメキシコの人々、
彼らも 今 日本で起こっている状況を心配し、
「大丈夫なのか?」と 温かく声をかけてくれる。
世界は、人々は、つながっているんだ、と思う。


世界のどこかで 何が起こっていても、いつもと変わりなく 過ぎていく日々。

私は 25歳のとき、大学時代の友達を亡くしたときに 強くそう思った。
彼女の訃報を聞いたあと 会社へと向かう道を歩きながら、 
いつもと変わりない表情で すれ違う人々を見て、
どんなに辛いことが自分の身にふりかかっても、周りは普段と変わりなく 私の横を通り過ぎていくのだ、と。


私の旅も、残すところ1ヶ月あまり。
私はここメキシコで、
日本で頑張っている人々のことを思いながら、そして祈りながら、
自分の旅を続けるのだ、と思う。
私は 私で、
ここで出会う人々のこと、ここで起こる日々のことを 綴りつづけようと思う。
そして 一ヵ月後 日本に帰ったとき、
私がそこでできることは 何かしらあるのだ、と思う。
そして それは そのときそこで考えよう、と思う。

こんなときだからこそ 普段どおりに、という姿勢を貫く前職場オーナーのえいじさん、スタッフのみんな。
私も同感です。
旅人に、慣れない国で大惨事に遭遇してしまった人々に、
暖かい光を 与えてあげてください。
私も ここメキシコから、少しでも 暖かい光を送ることができれば、と思います。

噴水Kiss 太陽ときつね 
長い影 革命自転車

妹の誕生日

2011年03月12日 13:53

3月11日。
妹の誕生日、だ。

ここメキシコは まだ10日。
日本時間に合わせて、おめでとう とメールを送る。


先日の ニュージーランドの地震のニュースを見て、
海外にいる私を心配して、母からメールが届く。

そんな矢先、妹の誕生日に 日本での大地震。
自然災害。
どうにも 避けようのない 事実。
偉大なる自然は、時に 私たちに鋭い牙を向ける。

いつもと変わりない 平凡な日々が過ぎていくことを、愛おしくさえ思う。


ニュースを見て 私や私の家族のことを心配してくれた人々、
どうもありがとう。
私は元気です、私の家族も元気です。
Thank you for the people who were worried about me and my family.
I am fine in Mexico and my family in Japan is ok as well.

私は ここメキシコから ただ祈るだけだ。
被害が 最小にとどまりますように、、、。

革命記念塔から

2011年02月10日 15:02

宿から歩いて数分のところに 革命記念塔がある。
エレベーターで上まで昇ると そこには展望台があり、
それほど高くはないのだけれど、メキシコ・シティが一望できる。

革命記念塔横 記念塔から
記念塔格子 記念塔天

革命記念塔から見下ろす メキシコ・シティの街。
車の多い、ビルの多い、人の多い、
いつもとは 違った目線から見る 大都会。

革命記念塔から、地面よりちょっと高いところから見上げる太陽と、
地面から見上げる太陽。
どちらも 同じものなのだ、と思う。

寒い冬の日本から見上げる太陽も 同じものなのだ、とふと思う。
太陽は一つ、なのだ。

革命記念太陽

地図のない旅

2011年02月02日 00:22

メキシコを旅している間 預かって貰っていたスーツケースを、Tinoの家まで 取りに行く。
3ヶ月ぶりのコヨアカン

メキシコ・シティに長く滞在しているにもかかわらず、
まだコヨアカンあたりに行ったことのないゴウスケくんと メトロで向かう。
前回 私が利用したのはコヨアカン植物園裏のVeveros駅。
今回は 手前のCoyoacanで降りてみる。

さて、知らない景色。
地図に頼らないで、直感にまかせて、ぷらぷらと コヨアカンのセントラルに向かう。
進んで 曲がって、戻って また進んで。
なかなか見慣れた風景に 行き着かない。
それでも、そのまま 突き進む。
時間があるからこそ できること。誰かと一緒だから できること。
ついに、なんとなく記憶にある建物が見えてきた。
地図を頼りに行けば、半分の時間でたどり着けたのかもしれないけれど、
こういう歩き方、私は 結構好きだ。

久しぶりに訪れる コヨアカン。
変わっていない。
昼間っから公園にはたくさんの人がいて、都会なのだけれど 圧されない。
公園のベンチでゆっくりして、そのあとTinoの家に向かう。

Tinoとゴウスケくんのスペイン語の会話、
Tinoと私の英語の会話、
そして Tinoとゴウスケくんと私の日本語の会話。
久しぶりに こんなごちゃごちゃな言葉のやり取りに出会った気がする。
それでもなんとか成り立つ意思疎通。
おもしろいな、と思う。

荷物は全部 私の手元に戻って来た。
南米に向かうための 一つ目の難関をクリアした。
次は 航空券、か。

シャーマンの儀式

2011年01月28日 08:27

シャーマンのセレモニーは 午後6時から。
セレモニーまでの間 食べ物を制限され、
さらに1時間前には、水しかとってはいけないよ、と伝えられる。

6時前、セレモニーの始まる少し前、
イネスが 刺繍の施された布や民族衣装を見せてくれた。
彼女が日々 一針一針 丁寧に縫い上げたもの。
彼女はそれらを知り合いに託して オアハカで売っているよ、と言った。
イネスがそれらを私に買って欲しそうな顔をしているように見受けられたのだけれど、
これ以上荷物を増やしたくなかったので 買うのはやめた。

イネス刺繍束 イネス刺繍紫
イネス刺繍きのこ イネス刺繍ライン

午後6時、イネスがキャンドルを持って 祭壇のあるドミトリーに戻ってくる。
セレモニーが始まる様子だ。
思っていたよりも 正式な感じではない。
イネスが何やら言葉を唱え、よく分からないまま進んでいく。

いよいよ きのこ、だ。
大きな葉っぱの上にのせられた 5本ほどの小さな幻覚作用のあるきのこ。

シャーマンたちは 幻覚作用のある植物を使って、
人間が普段見ることのできない 別の世界の何かを見せることで、
その人が 今まで気づかなかったことや 心の奥底に眠っていた記憶を思い起こさせるという。

それまで 幻覚作用のあるものを摂取したことのない私は、
きのこを使う、ということには全く興味がなかったのだけれど、
シャーマンのセレモニーがどんなものか、彼らにどんなことができるのだろうか、と期待しながら 
手渡されたきのこをゆっくりと口に運ぶ。
マッシュルームをそのまま食べたときのような、それよりももう少しだけ芳香のある味がした。
一本一本 丁寧に噛んで 飲み込んだ。
すぐには 何も変わらない。
イネスは、数十分ほどするとヴィジョンが見えてくるよ、と言って スペイン語の歌を歌い始めた。
目を塞いで じっと待つ。
何十分経ったのだろうか。それほど大きな変化は見られない。
強いて言えば 目の前が少しぼんやりする感じだ。思考回路は極めてクリアだ。
きのこの本数が足りないのだろうか。
歌い続けるイネスに あまり変わらないよ、と伝え、さらに1本きのこを食べる。
何も思い出さない、感情も乱れない、ただ目の前のキャンドルの光を温かいと感じる。
そして、ただただ 時間は過ぎていく。

イネスきのこ 儀式光

彼女は 粉のようなものを 私の額と腹部に擦り付け、
そのあと、葉っぱの束で 何か悪いものを払い落とすかのように 頭から体全体を撫でていく。
そして、その葉っぱを丸めて地面に放り投げ、彼女は再び歌い始めた。

それまで歌い続けていたイネスが私に、日本の歌を歌ってくれないか、と言った。
いつもこの質問をされると、何を歌えばいいのかとても悩む。
日本の歌。
少しの間考えて 口から出たのは’島歌’だった。
沖縄の歌。
それほどなじみがあるわけでもないのだけれど、私は沖縄の音階、沖縄の歌がとても好きだ。
そして、歌うことがとても好きだ。
すべてのエネルギーを ’歌うこと’に集中させることで、
私は この上なく 幸せな気分になった。
そのとき 私の頭の中は空っぽで、
感情だったり、私が持っているすべてのものを歌にして表現することで、歌にして外に放出することで、
目の前にあるものと 私の間にある境界線が なくなった気がした。

その後も イネスの歌は続く。
結局、さらにもう1本きのこを追加したのだけれど、その時点で頭はクリアになり過ぎた。
もう、これ以上 幻覚を期待することはできないな、と思う。

セレモニーの最後のほうに、
目の前にある炭の上に、とコパルというメキシコのお香の塊を手渡される。
私がコパルを炭の上に落とすと、それは大きな炎を上げて燃え始めた。
彼女は私に、’これからのこと’を尋ね、私は 自分の夢を語った。
彼女はその炎を見て 私に、’すべてはうまくいくよ、’と言った。
そのオレンジ色に燃え上がる炎を見て 私は、自分の夢が叶うことを確信する。
その炎を見ていると 私の前にある道はクリアで、自分でも驚くほど これからの自分に自信が持てた。

あっという間に、4時間が過ぎていた。
私が期待していた、’私の魂の記憶’を呼び起こすことはできなかったけれど、
それでも、’自分のこれからのこと’に確信を持てたことで、救われた。
温かい気持ちになった。

イネスの師、伝説のシャーマン、マリア・サビーナのような力が彼女にあるのかどうかは分からないけれど、
私は彼女のセレモニーを受けてよかったと思う。
そして、もう少しそこに滞在したい、と思わせるくらい、
ウアウトラは とても魅力的な村だと思った。

’きのこ’に注目されがちなウアウトラ。
もし、幻覚を起こすということが 私がきのこを食べたあとに経験したような感覚のものであるならば、
トリップするためだけに使用されるドラッグと呼ばれる類のものは 私には必要ない、と感じる。
私は 頭をクリアにした常態で 周りにあるすべてのものを感じたい。
そして、私には’心地いい音’があれば それができるのだ、と思う。

ウアウトラへ

2011年01月28日 07:53

ウアウトラ・デ・ヒメネス。
そこには イネスというシャーマンが住んでいる。

メキシコに来る前、私はシャーマニズムに興味を持った。
ロシアのアルタイ、日本の沖縄、ペルーのアマゾン、そしてメキシコのウアウトラ。
世界の各地では 大昔から、体の病気や 心の病気を 
植物の力を使ったり、人間の特殊な力で それらを取り除く風習があり、
今でもなお、世界のどこかでは そういった自然の力に基づいた治療を施している場所がある。

私は ふとした瞬間に、
私が生まれる前に 私の魂を持っていたのはどんな人なのだろうか、と思うときがある。
生まれる前の記憶、生まれて間もない頃の 思い出そうとしても思い出せない記憶。
そういったものを、もしかすると このシャーマンによって取り戻すことができるのではないか、と思った。

一度目のオアハカ。
街は毎日毎日 「死者の日」の祭りで賑わっていて、
そのお祭り騒ぎに便乗し 日々その雰囲気を楽しんでいた私は、
9日間のオアハカ滞在中、ウアウトラがオアハカからバスで6時間ほどのところにあるということ以外、
有力な情報を得ることができなかった。
今は シャーマンに会うタイミングではないんだ、と諦めて、結局 次の町サンクリストバルへと向かう。
今回の旅では この計画は果たせなかったんだ、と完全に諦めていたのだけれど、
私の旅の計画は狂いに狂い、再びオアハカに向えるかもしれない という兆しが見えてきた。

サンクリストバルからオアハカまで11時間。
早朝のオアハカ、予定より早めの5時半頃にバスターミナルに到着する。
少し明るくなるのを待って、歩いてウアウトラ行きのミニバンの停留所まで向かう。
前回宿泊した宿、Luz de Lunaの横を通り過ぎる。
もう一度ここに泊まりたいという気持ちはあったのだけれど、
今回は もう、ここには戻ってこないだろうな、と感じる。

7時半、15人乗り程度の小さなミニバンは ウアウトラに向けて出発。
傾斜の多い山道をガタゴト揺られながら、6時間ほどで 強い日差しの照りつける、土っぽい村ウアウトラに到着。
今まで訪れた中で 一番小さい村なのではないか、という印象を受ける。

ウアウトラ村1 ウアウトラ村3
ウアウトラ村旗 ウアウトラ村2 


ウアウトラについての情報をほとんど持っていなかった私は、
ミニバンの停留所前に停まっていたタクシーで シャーマン・イネスの家まで送って貰う。
イネスが家にいないという可能性もあったのだけれど、
タクシーの運転手がイネスの家のドアをノックすると、40代後半と思われるおばさんが顔を出した。
彼女がイネスだった。

ほとんど言葉を理解できない私は、彼女のセレモニーを受けたいということ、
明日にはメキシコシティに向かうつもりだということを伝える。
サンクリストバルからウアウトラまでの長距離移動で疲れているのではないか、
ということを心配してくれたのだけれど、到着その日にセレモニーを行うことを了解してくれた。

次の日の早朝出発ために、彼女の家からメキシコシティ行きのバス停への行き方をたずねると、
彼女はわざわざバス停の近くまで 歩いて案内してくれた。
途中、彼女の知り合いに出くわし、その知り合いのおばさんの家に立ち寄ったり、
メルカドの顔見知りのお店に立ち寄って 野菜やお肉を買う姿を見て、
それまで ’シャーマン’であるというだけで なんだか遠い存在だと思っていたのだけれど、
彼女は、私たちと変わりのない 一人の人間であり、一人のお母さんなのだ、と思う。

イネス友玄関2 イネス友鳥小屋
イネス友植物 ウアウトラCafe看板

行ってきます

2011年01月28日 06:56

3日ほど滞在したらオアハカに向かうつもりだった 3度目のサンクリストバル。
知らない間に 3週間近くも過ぎていた。

珍しく、次に向かおう という直感が湧かなくて、
かと言って 無理に動くのも 無駄なエネルギーを使ってしまう、と
ゆっくり 好きなことをして 贅沢な日々を送っていたのだけれど、
いよいよ、私の体は 自然とバスターミナルの方向に向いていた。
24日、夕方発のオアハカ行き。
バスのチケットを購入する。

3週間ぶりの移動は なんだか少し緊張する。
明日で最後だ、と思うと これだけ長く滞在していたにもかかわらず、
あのお店に行っておけばよかった、だとか、
あれを食べておけばよかった、だとか、
急に 後回しにしていたことが、頭に浮かんでくるのだ。

自分自身のこれからのことについて 深く考えてみたり、
同じ部屋で過ごしたニカラグアのくらちゃんと 深く話し合ったり、
宿に滞在していたみんなと ダハブゲームで盛り上がったり、つまらないことで笑いあったり、
ひでさん、かなさんから 料理や物づくりのインスピレーションを受けたり、
イジョからは 天真爛漫なパワフルなエネルギーを貰ったり、
町の人々からは 道ですれ違うたび たくさんの笑顔を貰ったり。
私は、この町が CasaKasaという宿が、本当に好きなのだと思う。

いよいよ、次の町 オアハカ、ウアウトラへ。

ここサンクリストバルで出会ったみんな、楽しい時間を本当にどうもありがとう。
そして、また いつかどこかで。

これからに向けて

2011年01月22日 08:07

旅を始めたころは、節約、節約、と
安くて、できるだけ現地の食べ物を、と意気込んでいたのだけれど、
なかなか 毎日 ’メキシコ料理を!’というわけにもいかないものだ。

3度目のサンクリストバル。
始めのころは 屋台だったり、食堂だったり、
私の体は 何のためらいもなく、そういうところに 勝手に出向いていたのだけれど、
同じところに長いこと滞在しているせいか、最近では あらゆる種類の食べ物に 興味が沸いてきた。
ちょっと値の張る いい素材を使ったパンだったり、観光客に人気のカフェメニューだったり、
ジャンクな食べ物だったり、メキシカンではない誰かの手作りご飯だったり。

節約癖を思い切って取り払い、たまには奮発して 食べたいものを食べる理由、
メキシコ料理以外のものも、好んで食べたいと思う理由。
多分 すべての食べ物を、客観的に判断したいのだ。
どんなものがおいしいと思われているのか、どんなものが人気があるのか、
そして私は その味をどう思うのか。 


今、私は ここサンクリストバル Casa Kasaで、
まるで 日本にいる時のように ゆっくりと時間を過ごしている。
旅を続けて 約3ヶ月。
同じところに長く滞在することを好む私は、数日たったら次に という旅のすすめ方に、
ちょっと疲れてきているのかもしれない。
長旅において 一箇所に長く滞在することを ’沈没’と表されるのだけれど、
私は マイナスイメージのこの言葉の響きが あまり好きではない。
旅という 日々目まぐるしく変わる環境に身を置いている中で、私は たまに普段の生活が恋しくなる。

ここサンクリストバル、ここCasa Kasaは、
私にとって そんな普段の生活を送ることを許してくれる場所なのだ。
旅の途中だ、ということを忘れてしまうくらい のんびり暮らせる場所なのだ。
料理について調べてみたり、縫い物をしてみたり、
これからの夢について考えてみたり。

そんな風に過ごしていると、時たま ぱっと閃くのだ。
私が これからやっていきたい、と思っていること、
例えば どんな食べ物を作りたいのか、どんなお店を持ちたいのか。

旅先においても、すべての私の行動は、
そうやって これから先にあるであろう道に続いているのだ、と思う。

完成

2011年01月19日 13:27

10数年前、初めて海外に旅行する際に購入した パタゴニアのショルダーバッグ。
ここ数年間は どこに行くにも一緒で、もちろん この旅でも 常に一緒だったのだけれど、
ついに 数週間前、そのファスナーが 壊れてしまった。

新しいものを購入する、という方法もあるのだけれど、
これだけ長く使っていると 愛着が沸き過ぎて、手放すのは なんだか忍びなくて、
使える部分だけを切り取って、リメイクしてみようと決意する。

リメイク と言っても、一から新しく鞄のベースを作り、
壊れた鞄から まだ使えるファスナーと内ポケットだけを切り取って、それに縫い付ける、
という手順ですすめようと思いついたため、結構手間はかかりそうだった。

私が今まで訪れたメキシコの街々には、どこにでも 何件ものテーラーがあり、
店内には 女性だけでなく、年配のおじさんの姿もよく見かけた。
サンクリストバルにも何件ものテーラーがあり、そのうちの1件で、
あまり質は良くないのだけれど、とても魅力的なメキシコらしい縞々の布を購入する。
壊れた鞄から まだ使えそうなファスナーと、内ポケットを切り取って、
どんな風に縫っていこうか、と考える。
もとのものと同じ形に作るのは 時間がかかり過ぎるし、布もたくさん必要だ。

これから あと2ヵ月半ちかくの旅で 日々共に行動するであろう大切なもの。
使いやすいように、と形を考えながら、丁寧に丁寧に 縫いすすめていく。

縫い始めてから おそらく4,5日。
宿の中庭で日向ぼっこしながら、午後の日が差すドミトリーの部屋の中で、
キッチンのテーブルで宿のみんなと話しながら、、、。
ようやく、私の鞄は 完成した。
立体的に、体に合うように作られていたパタゴニアのものには負けるけれど、
大きさも 前のものより小さくなってしまったけれど、
メキシコの布で、今ここにいるという思いが詰まった自分のお気に入りのものが 出来上がった。
外側のポケットに パタゴニアのタグもそのまま貼り付けて(笑)、
友達から貰ったステンドクラスのお守りも、鎌倉・鶴ヶ丘八幡宮のお守りも全部付け替えて、
これからの旅も 無事に過ごせますように、と願をかけた。

かばん表しましま かばん内側レインボウ


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