グァテマラから、の大切なもの

2011年04月13日 13:01

グァテマラの古着のウイピル
グァテUP紫 グァテUP紫UP
グァテマラ・パナハッチェル
火・金曜に開かれる古着市にて
100Qを25Qで


グァテマラの古着のウイピル
グァテUP紺 グァテUP紺UP
パナハッチェル古着市にて
100Qを25Qで

パナハッチェルの消防署前に火曜と金曜に開かれる青空古着マーケット。
ほんとうにたくさんの古着のウイピル(民族衣装)やら小物やらが並べられていて、
けれども色合いが結構微妙で、端切れとして使うにはいいのだけれど、
そのまま着ようと思うと、自分のお気に入りのものを見つけるのは難しい、、、。
派手な色合いの刺繍ものが多い中、地味なものを選択。
次に行くときは買い付けのために行きたい!


シェラの陶器
シェラお皿
いただくつもりはなかったのだけれど、、、。
シェラ、タカハウスのタカさんの知り合いの方が作っている陶器のお皿。
タカハウスにあった古いものをタカさんからいただく。
すみません、タカさん。ありがとう。

高所恐怖症

2010年12月04日 04:20

やっぱり 私の体は、高いところが 合わない。

標高2000m以上ある シェラ。
リビングストンからシェラに着いたとたん、
胃の調子が おかしくなった。
体が ぎしぎし痛み出した。
私の体は 敏感だ。

とにかく 食べたものを消化できない。

前回の ここでの滞在で 経験済みの私は、
今回は とにかく消化のいいものを、と、
調子がよくなるまで 消化がいいと思われる パンを食す。

毎日欠かせなかった、果物や野菜でさえ うまく消化できない。

シェラのおいしいパン屋さん、シェラパンに通う。

ガムマシーン 電話

滞在3日目、どうやら 体が もとに戻ってきたようだ。

ここシェラは 食材が豊富だ。
シェラに戻ったら どうしても試したい、と思っていた、 
ホオズキのスープに フリホーレスのタマレス。
どうやら、今回は食べることが 出来そうだ。

再びシェラへ

2010年12月03日 09:13

最後の最後まで、新しい土地 フローレスに向かうか、
もと来た道 シェラに戻るか迷っていた。

結局、前日の夜 荷物をまとめながら、
シェラに戻り メキシコ・サンクリストバルに行く決心が着いた。

早朝6時のボートに乗るつもりで、朝5時に目を覚ます。
外は 土砂降りの雨。
・・・・・・。
今日 出るのをやめようか、
ぎりぎりまで 雨が弱くなるのを待って、今日出発してしまうか。

刻々とボートの出発時間は近づいて、それでも雨は土砂降りのまま。
プエルトバリオスまで1時間ほどかかる大きなボートは 6時と14時の一日2回。
もし6時を逃したとしても、少し運賃の高い、30分でプエルトバリオスに到着する
高速ボートに乗る、という手がある。

雨が小降りになって、6時半の高速ボートに乗ろう と宿を出ようとするが、
玄関のドアの開け方が分からない。
早朝のため 従業員は まだ眠っている。
「あー、やっぱり 明日に出発するべきなのか、、、。」
思い荷物を背負って いったん部屋に戻る。

7時前。
宿のオーナーがCafeの準備をするために 起きてきた。
「6時半のボートに乗ろうと思っていたんだけれど、ドアの開け方が分からなかったから、
ボートを逃してしまったよ。」と伝える。
オーナーはドアを開けてくれて、7時半の高速ボートがあるよ、と教えてくれた。
私の心は、今日シェラに向かう方向に向いていた。
私が心配していたのは、グァテマラシティーからシェラ行きのバスが捕まるかどうかだったのだけれど、
何とかなるか、、、と潔く 出発する事にした。

7時半、高速ボートで リビングストンからプエルトバリオスに向かう。
ボートは激しく上下に揺れ、まるで遊園地のトップスピンに乗っているかのように、
体が浮いて 心臓が飛び出る感じだ。
そして、途中 大雨も降ってきた。
ボートには屋根があるのだけれど、ボートの速さで、雨は横から容赦なく頭上に降りかかる。
20分程度の 船の旅。早く着いて欲しい、と心の中で祈る。
プエルトバリオスに着くころには 雨は止んでいた。

さて、プエルトバリオス Litegua社のバスターミナル。
数日前に グァテマラシティから着いたときには、
暗かったのと タクシーで宿まで送って貰ったのとで、正確な位置が分からない。
けれども だいたいの場所は なんとなく分かる。
バイクに乗っていたお姉さんを呼び止め、ターミナルの場所を聞く。
ここをまっすぐ行って、、、。その後のスペイン語が分からなかった。
とりあえずまっすぐ行けばいいか、とそのまま進む、と、
そのやり取りを見ていたおじさんが、バスターミナルまで私を連れて行ってくれた。
急いで歩いて、8時15分発のグァテマラシティー行きに間に合った。
グァテマラシティーまでは 約6時間。
それからの事は バスの中で考えよう、とバスに乗る。
バスに乗った瞬間、雨が降ってきた。ああ よかった、と思う。

グァテマラの2等クラスの長距離バスは、他の停留所からのお客さんを乗せるために 何度も停まる。
6時間で到着する、とは言っているものの その時間通りにバスが到着する事は まずない。
とにかく、15時までにはグァテマラシティーに着いて欲しい、と祈る。
グァテマラシティーは治安が悪い事で 有名だ。
いろんな人に 気をつけろ、と釘を刺されていたため、
バスターミナルからバスターミナルへの移動も タクシーを使う。

グァテマラシティーからシェラ行きのバス会社は4社ほどあって、
そのうち2社の最終便は 14時半だ。
グァテマラ到着が14時半を超えると 自動的にバス会社は絞られてくる。

ぎりぎり15時前、Litegua社のグァテマラシティーバスターミナルに到着。
タクシーの勧誘が来る。
リストアップしていたバス会社の中から、15時台にシェラ行きのあるMarquensita社のバスに決める。
時刻表には15時発、とあったので とりあえず急いでタクシーに乗り込む。
タクシーの運転手さんも それを知ってか、かなり急いでくれた。
15時を少し過ぎて Marquensita社バスターミナルに到着。
急いでカウンターに向かうと、次のシェラ行きは15時半発。間に合った、、、、。
シェラに到着するのは夜7時半頃になるけれど、一度行ったことのある場所だし、
タクシーでTakaHouseまで向かえば、何とかなる。

リビングストンからシェラ。
グァテマラの端っこから端っこまで 1日で移動しようだなんて、結構無謀だな、とは思っていたけれど、
ここでバスが捕まったことで、とりあえず安心した。

Marquensitaの2等バス。
こちらも 路上で乗客を拾うために、結構停まる。
乗り心地も あまりよくない。
結局 4時間後に到着の予定が、シェラに着いたのは8時前。
その辺りに停まっていたタクシーに値段交渉をして、TakaHouseまで送って貰う。

長かった、、、。
TakaHouseに到着すると、オーナーのタカさんが 心配して待っていてくれた。
タカさんは、「シェラに来る前に どこか途中で1泊するべきだったよ、」と。
盗難もなく 無事にシェラに着いた私は 幸運だったんだな、と思う。
タカさんは 夜遅く到着するであろう私に、菜食の晩ご飯を用意してくれていた(!)。
中華風の野菜煮込みと、お味噌汁に 炊き込みご飯。
おいしかった。心が 温まった。

真夏のリビングストンから、やっぱり寒いシェラへ。
12時間以上の 行き当たりばったりの長旅を終えて、だいぶ疲れた。
温かいお湯のシャワーを浴びて、今日は ゆっくり休もう。
そして、これからのことは また明日考えよう。
今日 出会った 心優しい人々に、
私の不安をかき消してくれた人々に、感謝。

ありがとう、Livingston!

2010年12月01日 14:53

今日が最後かな、と思いながら Livingstonの町を ふらっと歩く。

お昼ご飯の 野菜やパンを探しに行ったり、
明日の移動のための 食料を買いに出かける。

Livingstonのメルカドのようなものを見つける。
他の町に比べると、小さな小さな野菜のメルカド。
今まで、気付かなかった。

LSメルカド

町を歩いている途中に、ガリフナ族の伝統音楽 プンタPuntaを奏でる男の子たちに出会う。
彼らは主に レストランなどを渡り歩いて 演奏を行う(と思われる)。
レストランに行く機会がなかった私は 彼らの演奏をこの目で見る事ができなかったけれど、
宿にいるとき、どこかから プンタのリズムが聞こえてくると、
その太鼓のリズムに 心が躍った。
彼らに 写真をとってもいい?と聞くと、快く承諾してくれた。

LS太鼓族

午後、明日の出発のために 荷物の整理をしていると、
隣りの部屋に 新しい宿泊者が到着した様子。
暑さのため、ドアを全開にしていた私の部屋の前を通った隣人は、
わざわざ 挨拶をしに来てくれた。
スペインからやって来た Victor。
とてもよく喋る 陽気な男の子だ(私よりも年上だけれども)。
彼は 昨日スペインからグァテマラに到着し、
今日、グァテマラシティからリビングストンに着いた。
私が行った グァテマラの都市のことを いろいろ話す。
そして、夕ご飯を一緒に食べに行くことにする。
もちろん、いつものComedor Atitlan。
最後の晩餐に 再びタパドを選ぶ。
Victorもタパドについては調査済みで、彼も同じ物(普通サイズ)を頼む。
前回注文した時には気付かなかったのだけれど、
タバドに使われているココナッツミルクは、生のココナッツから採られていたのだ。
お店のお兄さんが、ガリガリと大きな音をたてて ココナッツを削っている。
日本でココナッツミルク、というと 缶詰しか思いつかない私は それを知って感激する。

LS生ココナッツ

Victorと旅の話に盛り上がっていると、
お店の子供Lidoが再びやって来た。
今回は 彼女の言葉をVictorが訳してくれた。
どうやら、私のカメラで写真を撮りたがっているようだ。
Lidoのお姉ちゃんもやってきて、二人で写真の撮り合いっこをしながら 楽しんでいる。
子供の笑顔は 万国共通だ。

Victor.jpg リドと

二人で、Muy rico!おいしいね、と言いながらタパドを満喫する。
ふと 前の土手でピカッと光るものを発見する。
蛍だ。
山の方に登ると 蛍の群集も見られる、とココナッツを削っていたお兄さんが言っていた。

お店を出るとき、
おいしいご飯を作ってくれたお店のおばちゃんに、
「明日出発します、おいしいご飯をありがとう。」と言うと、
それまで あまり笑う顔を見せなかったおばちゃんが、ニコッと笑って 握手をしてくれた。
菜食のややこしい注文に面倒がっているのかな、と思っていた私は、
彼女の笑顔を見て ほっとする。
彼女たちの料理で、私はここでの滞在を さらに楽しむことが出来た。
Livingstonがもっと好きになった。
そして いつの日か また訪れることができれば、と思う。

接着剤

2010年12月01日 04:59

中学生だか、高校生の時だかに 差し込んでもらった前歯の差し歯が、
数日前、Puerto Barriosで ひまわりの種の殻をバリッと噛んだときに、
取れてしまった。

最悪だ、、、。

もとの場所に はめ込んでみるのだけれど、
物を食べると 外れてしまう。
旅行前に 歯医者さんに「取れないですかね?」と聞いたところ、
「よっぽどの事がない限り、大丈夫だと思うよ。」と。

数十年と 問題のなかった差し歯が、
よりにもよって 旅の途中に抜けてしまうなんて。
数日間、取れてははめ込み 取れてははめ込み、で頑張っていたのだけれど、
ここLivingston Hotel Tropicalesのかわいらしいスタッフの女の子に、
接着剤を貸して貰えないか、とお願いする。
接着剤が見当たらなかったようで、木工用の’のり’のような物を手渡してくれた。
取りあえず、試してみる。
夕食時、みごとに外れた。
やっぱり、のりでは無理か、、、。

思い切って、接着剤を買いに行く事にする。
売店に行くと、そこには置いていなく、前の整備部品屋さんにあるよ、とのこと。
12Qと高い物でもなかったので、購入してみる。
有難いことに 歯自体に痛みはない。
取れてしまった歯も 手元にある。
これで ちょっと様子をみてみよう。

けれども、話している途中で 歯が取れてしまうと 結構恥ずかしい。

Livingstonの滞在も もう4日近く。
食べ物の為に もう少しここにいたい、と思ったのは 初めてだ。
明日は パナデリヤYoli'sでどのパンを食べようか、
食堂Comedor Atitlanで何を食べようか。

町を歩いていても、
ここで出会った人たち、
髪結いのクラウディアだったり、食堂Atitlanの常連のおじいちゃんだったり、
一番最初に行ったカフェBuga-mamaのスタッフの男の子たちだったり、
パナデリヤYoli'sの黒人のお姉さんだったり、
宿の従業員さんだったり、売店のおじさんや娘さんだったり、
出会うたび、「Hola,amiga!」と声をかけてくれる。

そんな訳で、もう一日 もう一日、とここに滞在したくなるのだ。

そろそろ 移動しようか、と思うのだけれど、
今回は 行き先に迷っている。
Floresに北上して ティカル遺跡を見に行くか、
来た道、Xelaタカハウスを経由して San Cristbalカサカサに戻るか。

さて、明日の朝 私はどっちを選ぶのだろう。

Livingstonの日々

2010年11月29日 08:28

町自体が小さいため 特に 勢い込んで観光するところもない。
多くの観光客が、LivingstonからRio Dorceへとボートの旅に出かけたり、
隣りの国、ベリーズに向かったりしている様子なのだけれど、
高いお金を出して、ボートクルーズをする気にもならない。

朝起きて、宿を変えることにする。
昨日見つけた 木造の黄色い建物が素敵なHotel Rio Dorce。
Hotel Caribeも 眠るには充分な施設なのだけれど、
ビジネスホテルのようなそこは、部屋で長く時間を過ごすには ちょっと孤独感を感じる。
ホテルのオーナーは この上なくいい人だったのだけれど。

事前に、空き室があるかどうか、Rio Dorceまで確認に行く。
対応してくれたBettyは とても素敵な女性だった。

大きな荷物を背負って 歩くこと数分。
チェックインが12時からにもかかわらず、それより早めの移動も了承してくれた。

今日は 朝から天気がいい。
ここLivingstonは 天気がとても変わりやすい。

日曜日の朝、
公園では 子供たちのためのイベントが繰り広げられている。
大人たちが ピエロの格好をしたり、動物の形の風船を作ったり、
子供たちは 司会のお姉さんの言葉に大声で返事をし、
公園の周りでは 大人たちが その様子を 楽しそうに眺めている。

LS子供たち LS公園壁

港に出て、少し時間を潰す。

LS港

ふと、公園の近くに座っている ブレイズ編みの黒人のお姉さんに、
髪を編んでもらおう、と思う。
ブレイズは今までやったことがなく、どちらかというと、いや完全に、
私はドレッドの方が好みなのだけれど、
何にしても この髪の長さでは ドレッドは難しい。
2ヵ月以上も伸ばしっぱなしにしている髪の毛が、
最近少し うっとおしい、と感じるようになってきた。
100Qのところを 50Qまで値下げ交渉して、全体を編んでもらう。
ものの20分程度で パパッと編んでくれた。
彼女の名前は クラウディア。
彼女が編んいる間 ずっと隣りに座っていた男の子。 
彼女の弟だと思っていたら、実は 彼女の子供だった。
そうか、彼女はお母さんなんだな、と思う。

LSブレイズ LSブレイズ2

編み込んでもらって、キュッと引き締まる感じがする。
すっきりした。
彼女に ありがとう、と言って別れる。

宿に戻ると、宿のスタッフBettyが話しかけてくれた。
彼女は スペイン語しか話せない。
辞書を片手に 会話する。
彼女は40歳で 子供が4人いて、今は 心理学やらを勉強中だという。
ブラジル音楽にノリながら、その歌詞の意味を一生懸命教えてくれる彼女は、
本当に素敵だ。

Livingston。
着いた当初は、黒人と中米人が一緒に暮らし、
町では スペイン語と英語の両方が飛び交い、
今までにはなかった、黒人の慣れ慣れしい対応にちょっと戸惑ったり。

けれども、
特に 何をするでもないけれど、
こうやって 町をぶらぶらしたり、ここの人と話したり、
こうやって 自分自身を振り返ったり、
ここのところ ちょっと移動が多かったせいか、
こんな時間が 今 私には必要なのだ、と思う。

リビングストンへ

2010年11月27日 13:41

サンクリストバルCasaKasaのひでさんから聞いて、ちょっと興味を持っていた場所リビングストン。
グァテマラには珍しい、黒人の住む町で、スペイン語ではなく英語が話される。

シェラTakaHouseのタカさんも、リビングストンについて教えてくれた。
アンティグアやその他の町から追い出された黒人たちが、
このカリブ海沿いの町に追いやられ、多くの黒人が住んでるのだ、と。

私が行きたいと思っていた サンペドロやパナパッチェルからは だいぶ遠い。
最初の内は、リビングストンはちょっと遠すぎるかな、と思っていたのだけれど、
いつの間にか、頭から離れなくなってしまっていた。

サンペドロから、アンティグア、グァテマラシティを通り越して、リビングストンへ。
なんて思い切ったことをしたのだろう。
昨日、プエルトバリオスに着いた時、そう思った。

朝、10時発のリビングストン行きのボートに乗るために、プエルトバリオスの港に向かう。

その少し前、雲行きが怪しいな、と窓から外を見ていたとき、
ふと宿の前の通りを歩く ドレッド姿の日本人の男の子が目に入る。
「マイケル?」。
CasaKasaで一緒だったマイケルだ。
急いで部屋から飛び出て、マイケルを呼び止める。
彼はサンクリストバルの後、メキシコのパレンケ遺跡、グァテマラのティカル遺跡を回って、
ちょうど今 リビングストンの滞在を終え、ボートでプエルトバリオスに到着したところだった。
こんな所で会うとはね、と言いながら、お互いの旅の話を少しする。
ほとんど日本人を見かけないこの場所で、彼に会ったことで 嬉しくなる。

いざリビングストンへ。
30分程度で着く 高速のボートと、1時間半近くかけてゆっくり走る 大きめのボートの2種類があり、
急いでいるわけではないので、安いほうのゆっくりのボートを選ぶ。
休日をリビングストンで過ごすのか、リビングストンに戻るのか、現地の人々がほとんどだ。
家族だったり、カップルだったり。
そのうち 1組の老カップルが、一緒に写真を撮って欲しい、と近くにやって来た。
夫婦で旅に、という感じだろうか。始終、写真を撮っていて、微笑ましかった。

PB船案内 PB町
PB海 PBナイスカップル

プエルトバリオスを出る直前から、雨がぱらついていた。
周航中も、降ったり止んだり。
リビングストンに到着しても、まだ少しぱらついている。
船を下りた瞬間、宿の勧誘。
黒人の人は、何だか特に 馴れ馴れしくて、しつこいなと感じる。
全く 悪気は ないのだろうけれど。
プエルトバリオスに戻る 船の時間を知りたかったので、
しつこい勧誘を振り切って、ボートの受付に向かう。
そのあと、隣りのインフォメーションセンターで宿情報を集める。

まだ、何も分からない。
何件か周って、近くて安めの宿に決める。
移動移動でちょっと疲れた。
シェラ辺りから、自分に合わないと次に向かう、という旅を繰り返している。
体と心に従って 動いている。
ちょっとこの辺で ゆっくりしたいな、と思う。
どうか 私の体が この町を受け入れてくれますように。
この町が 私を受け入れてくれますように。

手作りの品々

2010年11月25日 13:41

サンペドロの町を まだゆっくり見ていない。

とても詳しく書かれた地図を片手に、行ってみたいところを回ってみる。

レストランやカフェ、ホテルの立ち並ぶメイン通りは 湖岸に沿っていて、
私が今滞在しているところからは 15分ほど坂を下ったところにある。

SP街2 SP街 
SP道 
 
この町も 急な上り坂や下り坂が とても多い。

みやげ物屋に並ぶのは、カラフルなグァテマラカラーのハンモックや、
石のアクセサリー、木彫りの置物、民族衣装などなど。
ホテルやホステルの数も 結構多い。
そのメイン通りをずっと歩いていくと、途中で 石畳から土の地面へと変わる。
散歩道のようなものが出来ていて、そのまま進む。
すぐ左には湖が見える。
右手には トウモロコシ畑や、向こうには火山が見える。
高台の岩場に座り、少し湖を眺める。
パナハッチェル行きなのか、サンマルコス行きなのか、
目の前をボートが通り過ぎる。

SP自然 SP自然2

また 来た道を戻り、気になっていた皮製品のお店に入る。
ウイピルを着た おばちゃんが店番をしていた。
お店に並べられている皮靴のデザインは、
私が以前 どこかで見て いいな、と思っていたものと似ていた。
このお店のおばちゃんが1足1足 手作りしている、とのこと。
オーダーメイドで1週間弱。1足280Q、日本円でいうと3000円ちょっと。
こんなに作りのしっかりした、質のいい皮製品が こんなに安く買えるなんて、とびっくりする。
残念ながら、私は皮の物はもう要らないし、1週間も待つ時間もないし、見るだけにする。
このおばちゃん、皮製品の他に ビーズも編んでいる。
革靴の飾りのビーズだったり、ビーズのベルトやブレスレットだったり。
編み方を少し 見せて貰う。
木枠に糸が通された手作りの器具に、針と糸を使って 思い思いの色のビーズで模様を作っていく。
細かい作業だ。
ビーズの模様に うっとりさせられる。
時間をかけた手作りのものだけに、今の私には すぐには手の出せる額ではなかった。
(日本で買うのに比べると だいぶ安いのだけれど、、、)
こうやって 作っているところを見せて貰うと、
こんな風に作っていたんだな、とか、見たことのない作り方だな、とか、
感心することも とても多い。

皮CazaSuenos店 皮かばん
革靴 革靴オーダー
ビーズベルト ビーズ手作り

何も買わずに店を後にしたことを申し訳なく思うのだけれど、
ほんとうに 素敵なお店だ、と思う。

Caza Suenos
パナハッチェル行きボート乗り場近く

サンペドロの日々

2010年11月25日 13:40

ここサンペドロでは、朝日が昇るのと同時に 太陽の光で目を覚ます。
私の滞在している宿は 観光客やどやレストランのある中心からは少し離れているので、
夜は 比較的静かだ。

SP朝日 SP朝日2

夕方から夜にかけて、どこから流れてくるのか分からないのだけれど、
陽気なグァテマラの音楽と、
毎晩行われている、サッカーとバスケットボールの試合の笛の音や、歓声。
そういう音が 毎日、当たり前のように流れてくる。
こういう 生活の音を テラスや部屋で耳にするのは とても心地がいい。

隣に滞在している、ドイツ人の男の子 Chris。
彼は大学生で、長期休暇をとって アンティグアとサンペドロにやって来た。
たまに出会うと 話をしたりするのだけれど、
ある日、テラスで一緒になって ゆっくり話す機会があった。
マヤ文明やスピリチュアルな事に興味があることや、
ドイツでは、日本と同じように 周りが勉強や仕事で頑張りすぎていて、
何だか 自分で自分にプレッシャーをかける癖がついてしまっていることや、
ドイツでは心理学を勉強していて、まだまだ勉強したいことがいっぱいあること、
サンペドロでは 日々、自然の中を歩いたり、本を読んでゆっくりしていることなど、
いろいろと話してくれた。
そして ここサンペドロでボンゴを買った、嬉しそうに見せてくれたので、
少し 叩かせて貰った。
星空の下での 太鼓の音。
どこかから まだ、陽気な グァテマラの音楽が 聞こえてくる。
とその時、大きな、今までに見た中で一番大きくて長い 流れ星を見る。
Chrisは 飛行機でも落ちたのか、と思った と言っていた。

旅をしながら 予期しない事を経験したり、
自分で選択しなければいけないことだらけで 強くなったり、
学ぶ事は まだまだいっぱいあるな、と思う。

こうやって 旅をしながら、
共感できる思いを持つ人々に出会う事が出来るのも、
すばらしい経験だ、と思う。

パナハッチェル

2010年11月25日 07:53

アティトラン湖の周辺には いくつもの町がある。
ここサン・ペドロは 湖の南西にあり、それぞれの町へは ボートで渡ることができる。

パナハッチェル。
CasaKasaのかなさんに教えて貰った、
火曜と金曜に開かれる 民族衣装の古着市。
グァテマラの民族衣装は メキシコのそれとは 微妙に違う。
何色もの色で鳥や花の刺繍が施され、色がとても鮮やかだ。

昼前にサンペドロを出発する。
水の上を走るのも 久しぶりだ。
20人くらいは乗れるであろうボートに乗り込む。
パナハッチェルまでは30分程度。
風が とても心地よい。
高くそびえる山々と 一面に広がる湖を見て、琵琶湖を思い出す。

SPボート乗り場へ PPへ

一緒に乗っていた アメリカ出身のおじさんと話をする。
彼は現在サンペドロに住んでいて、昔はアメリカでエンジニアをやっていたのだけれど、
もうすぐここで カフェを開くつもりだよ、と言っていた。

ボートは一度 別の村に停止し、
その後 パナハッチェルに到着した。

PPへ2

まっすぐ、古着市の開催されている 町の消防署へと向かう。
あまり広くない敷地には 地元のおばちゃんたちが、
ウイピルの民族衣装や敷物や小物を シートの上に並べたり、そのまま山積みにしたりして、
この暑い太陽が照らす中、じっと店番をしている。
お客さんは あまりいない。
山積みになった古着を目の前にして、さて 始めるか、と一つ一つ掘り出していく。
なかなか 気に入ったものは見つからない。

すでにパンパンのバックパックに、あまり荷物を増やすことはできない。
これが、買い付けの旅だったらな、と思いながら、一つ、二つ どうしても気に入ったものだけを探し出す。
あまりにも長いこと あれでもない、これでもない、とやっているものだから、
始めは押し売りモードだったおばちゃんたちも そのうちあきらめて もといた場所に戻って行った。
新品の民族衣装と大差ない値段で売りつけてくるのものだから、
「これ古着だよね、新品じゃないよね。穴あいてるよ、汚れてるよ。」
とか言って、値下げ交渉をする。
初めは渋っていたおばちゃんたちも 最後には折れてくれて 思ったとおりの値段で譲ってくれた。

古着おばあちゃん 古着黒
古着おばちゃん 

シェラのTakaHouseでコピーさせてもらった地図を見ながら、
町を散策する。
中心にある通りは 完全に観光客向けのものだ。
高いおしゃれなレストランがあったり、民族衣装やアクセサリーなどの土産物屋が並んでいたり。
つまらないな、と思いながら メルカドの方へと向かう。

PPレス PPトゥクトゥク
PPホテル PPレス4
PPホテル2 PP家
PPレス3 PP街

あまりにも じっくり古着を見るのに夢中で、もう13時をまわっていた。
お昼ご飯は、なんとなく 屋台の気分だった。
とりあえず 地元の人で賑わう 食堂に行ってみる。
何件も並ぶ中から 人の多いお店を選ぶ。
休む暇なく、注文を取ったり 料理を出したりしている お店のお姉さんたちの手が空くのを待って、
菜食のご飯があるか 聞いてみる。
フリホーレスと野菜がある とのことだったので、ここに決める。
レストランよりも、こういう大衆食堂の方が 私は好きだ。
大衆食堂というと、小学生の頃に連れて行って貰ったことのあるスーパーの中の食堂「すがきや」だったり、’大衆’ではないけれど、お見舞いに行ったときや診察に行ったときに寄った、病院の食堂だったりを思い浮かべる。
ファミリーレストランとは違う、あまりきれいではないけれど 気兼ねなく行けて、おいしい場所。
地元の人は 正直だ、と思う。

少し、湖岸の方まで ふらっと歩いてみる。
観光客向けの場所と地元の人のための場所。
明らかに 違う。
道からして、違う。

PP街2 SPボート近く
PPレス2 PP湖3
PP湖 PP湖2

数時間の滞在のあと、再びボートでサンペドロに戻る。
あのパナハッチェルのメルカドの食堂なら、毎日でも通うのに、と思う。

サン・ペドロへ

2010年11月23日 07:49

シェラ。
なんだか この街は 私には合わないようだ。

標高が高いからなのか、久しぶりに 普段は食べない揚げ物を食べたせいなのか、
胃腸を壊してしまった。
胃に入れたものが まったく消化されない。
こんな変な感じは、初めてだ。
とにかく 横になって眠る。
出かける気も 起こらないのだけれど、グァテマラに来て まだお金を下ろせていない。
グァテマラの銀行のATMは、カードが吸い込まれて出てこないことがよくある、ということで、
B5という カードを差し込んですぐ引き抜く方式のATMで 何度も試みているのだけれど、
何度やっても 暗証番号が弾かれてしまう。
お金が引き出せないと、だいぶへこむ。

ATMがおかしいのか、私のやり方が間違っているのか。
再度 挑戦。
カードを入れて、暗証番号を入れて、、、、。また 弾かれる。
いつもEnterだと思って押していた ボタンを変えて押してみる。
次の画面に進んだ。
間違ったボタンを、押してしまっていたのだ。
入国3日目にして、グァテマラケツァールを入手。 
これで、次に移動することができる。

宿のオーナー、タカさんは 面倒見のいい とてもいい人だ。
宿のみんなも スペイン語やらサルサの授業で とても忙しそうなのだけれど、
いろいろと旅情報を教えてくれたり、
CasaKasaで出会った女の子たちとは、年代も同じくらいで、関西出身で、
一緒にいて とても楽だった。
けれども この 高いところにある、坂の多い ごちゃっとしたこの街は、
あまり長居しようという気にならない。
人々は とても陽気で、親切なのだけれど。

次の目的地、サン・ペドロ・ラ・ラグーナまでは 通称チキンバスと呼ばれる長距離バスで3時間だ。
昼間に出ても、夕方にはサンペドロに着く。
朝、早く起きて 今日出よう、と決める。
昨日の最悪の体調不良も、体の中のものを全て出し切ってしまったせいか、
なんだかすっきりした感じだ。
これなら 移動できる、とゆっくり荷物の整理を始める。

温泉にも行かなかったし、街めぐりもしなかった。
気になっていた「シェラ・パン」のクロワッサンを買って、
これからの道のりの情報をノートにまとめて、
「行ってきます、」と13時ごろ出発。

長距離バスターミナルのミネルバまでコレクティーボで向かい、
メルカドの人ごみの中を200メートルほど 重い荷物と一緒に突き進み、
14時発のサンペドロ行きに間に合う。
チキンバスはたいてい 荷物を車の上に上げるのだけれど、盗難が心配だったため、そのまま車内持って入る。
初めての国の初めてのバス移動は、いつもより少し慎重になる。

シェラ発チキン チキンバス

30分ほど車内で待って、いざ出発。
この旅初めての、水のある場所に移動する。
私は 水のある所に、自然のあるところに行きたかったんだ、と思う。
不安よりも 期待感の方が大きい。
そして 今日は満月だ。

グァテマラの道路には スピード事後を防ぐために、所々に 銀色の突起が施してある。
これをまたぐ度 がたんがたん、とバスは揺れ、乗客はぴょんと跳ね上がる。
乗車前に買った パイナップルのジュースも、缶を開けると 中身が飛び出てしまいそうだ。

サンペドロへ 湖畔

始終 揺られるというよりは、飛び上がりながら、
サンペドロ周辺にやってくる。
完全に山道だ。カーブがあると クラクションを鳴らして 対向車に知らせる。
山々に囲まれた アティトラン湖。
ふと、屋久島に似ている、と思う。

街に到着し、宿を探す。
思っていたより 栄えている。
日本人の多いと言われている 有名なホテル サン・フランシスコを探して歩く。
後ろから バイクに乗った男の子と女の子が 「どこに行くの?」と声をかけて来た。
ちょっと用心したのだけれど、女の子の方がバイクから降りて、道を案内してくれた。
どうやら、ホテル サン・フランシスコのオーナーの娘さんだったようだ。
実際、私はサンフランシスコではなく、その向こうにあるホテル・ペネレウを探していた。
両方、宿を見せてもらって 結局、値段も高く、ネットも繋がっていないペネレウを選んだ。
部屋からの眺めが素晴らしかったのと 宿のオーナー家族の対応がとても心地よかったからだ。

さて、ここサンペドロでは 少しゆっくりする予定だ。
港から 他の街にもボートが通っている。
明日は CasaKasaかなさんに教えて貰った パナハッッチェルの古着市。
かなさんが庭に干していた 民族衣装の古着。
これを見たいがために ここに来よう、と思った。
そして、同時に こんなに素晴らしい自然にも巡り合うことが出来た。

満月 Peulena夜

銭湯 Banos

2010年11月21日 14:38

シェラの街から バスで少し行ったところに 天然の温泉がある。
普段 温泉にはそれほど興味がない私も、
メキシコの乾燥した空気で カサカサになってしまった肌を、
ミネラル豊富な 温泉で潤したい、ということだけが目的で ここシェラに立ち寄った。

グァテマラへの移動の疲労感と 期待外れのこの寒さに、
とにかく 温かい湯舟に浸かって温まりたかった私は、
宿から歩いて行けるところにある 銭湯に向かう。

徒歩15分程度 なのだけれど、とにかく坂道が多い。
石畳の かなり急な坂道だ。
歳のせいか、この環境は だいぶ体に応える。

’Banos’の文字を見つけ、中に入る。
外観は 銭湯らしくもなく、レンガの大きな建物だ。
そして 日本の銭湯と違うところは、すべての湯舟が個室になっていることだ。
1時間 17Qで、桶の貸し出しは2Q。 桶を返すと このデポジットは戻ってくる。

坂道2 風呂入り口

浴室に案内され、タイル張りの床に 靴のまま入る。
お湯の張っていないタイル張りの浴槽と、椅子、荷物や脱衣用のベンチが備えられている。
どうやら自分で 蛇口をひねって お湯を入れるようだ。

風呂中 風呂広場

久々に 熱いお湯に浸かる。
温まる。

日本で親しまれている風習が、こんな風に中米の一部の場所でも 
同じようにして 生活の一部になっていることに 不思議な感じを受ける。
このまま 浴室から出たら、畳の休憩所でもありそうな感じだ。

午前中は 比較的 空いている。
午後になるにつれて 混んでくるようだ。
休憩室には 子供たちのための遊戯具や ベンチ、売店などがあり、
人々は ここで 世間話をしたりして 集うのだろう。

疲れは だいぶ取れた気がする。
メルカドをひと回りして また宿に戻る。

メルカド3 メルカド2
メルカド スイカ

グァテマラへ

2010年11月20日 22:52

久々の 朝早くのバス移動に、ちゃんと起きられるかどうか心配で、昨日はよく眠れなかった。
サンクリストバルの宿CasaKasaからグァテマラ・シェラの宿TakaHouseまで、
ダイレクトで運んでくれる シャトルバスに乗る。
自力でバスを何度か乗り換えて、シャトルバスの半額ほどのバス代で移動する方法もあるのだけれど、
グァテマラの予備知識がない私は、楽な シャトルを選ぶ。
10人乗りのミニバスで、国境を越えて 次の宿までダイレクトで行くことができるなんて、とても便利だ、と思う。

満員の10人でサンクリストバルを出発。
ちょうど同じ日にシェラに向かう、CasaKasaに泊まっていたノリくんと一緒にバスに乗る。
私たち以外の乗客は、私がシェラの後に向かおうと思っている湖のある街、パナハッチェルに向かう。

グァテマラ車

シェラ(ケツァルテナンゴ)。
温泉があり、多くの日本人がホームステイをしながらスペイン語を学ぶ街、として有名だ。
物価も安い。

初めての 陸地からの国境越え。
7:30に宿を出て、10時頃 コミタンで朝食休憩。
その後、シウダン・クアウテモックにて メキシコ側のイミグレーション審査。
皆の審査が無事に終わると、再びバスに乗り込み メルカドのあたりで降ろされる。
そこからグァテマラのイミグレーション、ラ・メシヤまで 重い荷物を持ち、数分歩く。
ついに国境。目の前はグァテマラだ。
プレパブのような小さな建物の中で、特に質疑などもなく パスポートにスタンプを押して貰うだけ。
公的には払う必要のない20ペソを、賄賂という名目で 払う必要がある、と聞いていたのだけれど、
案の定、20ペソ(もしくは10ケツァール)を みんなが 当たり前のように支払う。

メキシコイミグレ グァテマライミグレ

審査が終了し、今度は別のバスに乗り換えて 目的地シェラ、パナハッチェルへと向かう。
問題なく 国境を越えたことに ほっとする。
後は、4時間ほど バスに揺られるだけだ。
グァテマラに入るなり、やたらと 路上に捨てられているゴミが 気になりだしだ。
メキシコに比べると、生活水準が あまりよくないのだろうか、
人々の着ているものや 生活の様子も 何だか粗雑な感じがする。

狭い車内、硬い座席での8時間。
いよいよ 目的地、シェラに到着だ。
なんだか、日本の温泉街のような雰囲気を彷彿とさせる 木々が生い茂った道を通り過ぎ、
街に着いた頃には 雨が降り出していた。

グァテマラへ グァテマラへ2

シェラとパナハッチェルの分岐点で 他のみんなとは別れ、
ノリくんと別の車に乗り換え、それぞれの宿に送って貰う。

17:30頃 宿に到着。
すぐに メルカドの場所を教えて貰い、食料を買いに走る。
閉店間際だからか、みんな簡単に値段を下げてくれる。

とにかく、寒い。
そして、疲れた。
長時間の ミニバスでの移動に、体が痛む。
温泉に入るためだけに立ち寄った街、シェラ。

サンクリストバルCasaKasaで出会った たくさんの人々と 再会する。
彼らはここで スペイン語を勉強したり、サルサのレッスンを受けながら、長いこと滞在している。

さて、私は どんなおいしいグァテマラ料理を 発見することができるのだろうか。


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